さようなら、国連を目指していた私。
JPOは、目標だった。輝かしく、華やかでありながら、実現可能なゴールとして北極星みたいにそこに存在していた。JICA海外協力隊、ベンチャー企業海外駐在、大学院、大使館。途上国での経験、フランス語、アカデミーな英語、環境や開発社会学の修士号。どれをとっても、国連というゴールに集約し、自分がその器に収まるための鍵であり、踏み台であり、過程だった。 どうして?と言われれば、履歴書的な答えはできても、本音のところで言えば「国連って見たことないし、あの巨大な組織の中で一体何が蠢いているんだろう?という好奇心があるからです。」と答えるくらいしかできない。そう、単に「知りたい」のだ。 国連のパスポートも、正職員という資格も別に欲しくはない。エリートというレッテルも、海外を飛び回るキャリアウーマンというイメージも、纏う必要もなければ、興味もない。それでもたまたま、国際協力という分野を知った時から、緒方貞子という尊敬する人の本を開いた時から「知りたい」はずっと続いていた。長い長い、ろうそくの灯火のように。
ロウは溶け、もう消えようとしているのかもしれない。
好奇心は国連に対してだけではなかった。新しく暮らす海外の景色、人々、得体の知れないことば、食べ物、匂い、概念。全てが面白く、生きるということについて多様で鮮やかな定義を授けてくれた。全ての経験が、私を豊かにし、「簡単」ではいられなくなった。考え、整理することで、自分の軸をブレないように保ち続けていた。そうして「書く」という行為は私の中で、世界が形を失って溶けてしまわないようにする大切な儀式となった。このカオスで、私という存在自体を留めるための大切なことなのだった。ロウソクは煌々と燃え上がり、私は自分の世界を容赦なく広げていく。それはもしかすると、肉体的にも精神的にもかなり刺激が強いものだったのではないか。
ホームが欲しい。
「あなたの思う「ホーム」ってどこ?」 大学院時代、仲良くしていたウズベキスタン人の友人に尋ねた。彼は哲学的なので、こういう、何気ない問いについて真剣に考えてくれる。そういうところを気に入っていた。「ホームは、「家」じゃないんだよね。ある人はホームを感情だというけれど、僕はホームって「人」だと思うんだ」
Home is a person
誰かの言葉が、自分の信念になるということがあるのだとすれば、 私は彼の言葉がそうだったのだと思う。
この瞬間から、私はホームと呼べる「人」を探し、そこに留まりたいと思うようになった。 その後大使館で働きながら、私がどこにいようと繋ぎ止めてくれる人を探し、自分が心から「落ち着ける」場所を探して探して、最終的に熊本に辿り着いた。縁もゆかりもない土地なのに、ただ、好きになった人の故郷で、何度か遊びに行って、世界一美味しい唐揚げ屋さんの常連という肩書きと、老舗のかまぼこ屋さんでのバイトという経験と、古着やレトロなものが好きで、心静かに暮らせる場所を好む彼との二人暮らしを約束され、私は熊本の、宇城という場所に流れつき、留まることになった。
彼と暮らすアパートには全てが二人分準備され、寝床も机も少しずつ買い揃えた。今では熊本に「帰る」、大阪の実家に「行く」という言葉がしっくりくる。
Home is a person
彼のまえでただいまを言えること。
彼や地元の友人がおかえりと言ってくれること。
ただそれだけのことなのだけれど、私は手放したくないと思った。
ロウソクは燃え尽きようとしている。 国連という北極星は、自転と公転の軸が変わってどこか彼方へ消えてしまった。 私はまた新しい星を見つけ、新しい火を灯すことだろう。
知りたいことは、まだまだたくさんあるのだから。

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